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September 15, 2006

旧司法試験受験生のつぶやき

こんばんは。

台風がやってくるんですか?
色々面倒くさいのでずれて欲しいんですけど。

そういえば
竹中が参議院議員辞めて
神取忍が繰り上げ当選するらしいですね。

やっぱり竹刀持って登場ですか?

さて、
最近の某巨大掲示板の糞スレの数々とか
某弁護士のブログのコメント欄とか見て思ったんだけどさ、
なんでこうロー1期既習生は必死なの?

どのスレでも「旧司の糞ヴェテがどーのこーの」とか
「旧司は300とか」無用な煽りがあるんだけど
そんなことして
自分たちの価値が高まるのか?と問いつめたいね。

あと某弁護士のブログのコメント欄に
ヒステリックにコメント寄せて
どっかの団体みたいに
言葉狩りとか言論統制圧力とか
そんなようなことやっても仕方ないだろと言いたいね。

そもそも今年に新司法試験が行われることなんて
とっくの昔に決まっていたわけじゃん。

だから
1期既習の人達はもっと堂々として良いと思うんだよね。

どっかの調子こいた裁判官があー言ったとか
どっかの商売上手な検事がこー言ったとか
どっかの毒舌な弁護士があー言ったとか。

そんなのにいちいち振り回されるなよと。

騒げば騒ぐほど品位が下がるというか
自信の無さが滲み出ているというか。

1期既習の人達が適性受けたのは
確か平成15年だよね。

私が勉強はじめた年で
当然、当時の実力では
既習者試験なんて
私には無理だった時だ。

で、
去年、おととしと
司法試験は1500人合格だった。

これまでにないほど
簡単に法曹になれるチャンスみたいな
煽られ方をした。

でも合格したのは一部の人。

私みたいに連敗してまだまだ残っている人間だって大勢いるし
今年からローに入った人だってたくさんいる。

その意味では、
平成15年の段階で
ローに入るという選択をした
1期既習の人達は
「時代を見る目」という意味では
勝ち組なわけよ。

どっかの法曹関係者が
新司法試験に対してとか
ロースクール制度に対してとか
なんか否定的なことを言っても
それは変わりないわけ。

確かに
法曹みたいなギルドちっくな世界だと
新しいものに対する拒絶反応とか偏見っていうのは
それはそれでもの凄いものが
有形無形な形であると思うけどさ、
そんなものは
自分たちがこれから修習なり実務なりを通して
払拭していていけば良いものであって。

今の段階から
言葉狩りみたいなくだらないことをやっても
仕方ないと思うんだよね。

言いたい奴には言わせておけばいい。
あとで自分たちの力を見せつけるから待ってろよ。
ってな感じで。

合格するまでは
新司法試験組という
一つのグループで語られたとしても
結局は個人個人の能力によって
その人の評価は作られるわけで。

そういう段階になれば
新司法試験組なんていう属性は
他の属性と同じ意味しか持たないと
思うんだよね。

見てる人はその人の実力をちゃんと見てるから
くだらん属性にこだわるなって。

国家なり学歴なり
属性にこだわりすぎたり
変なプライドを持っても
無駄な争いを生むだけで
何の意味もないと思うのだが。

でもさ、
受験生の私が言うのもあれだけど
1期既習生は本当に
大変だと思うんだよね。

色んな意味で
パイオニアとして
やっていかないと
いけない部分も多々あるわけだし、
みんなから注目されて
それによってロー制度の評価が
固まってくる側面もあるわけだし。

それでも
だからこそ
合格したら
これまでの司法試験の合格者がそうであったように
胸張って自信持ってやって欲しいんだよね。

もちろん
合格発表前のこの時期でも
毅然と構えて欲しいと思っている。

言葉狩りとか煽りとか
そういう醜いことはやめておけって。

国が作った制度を通して
ちゃんと合格してるんだから
「合格率が云々」とか
「旧司に比べて云々」とか
そんなこと気にする必要全く無しだね。

そもそもそういう数字で比較すること自体が
全くナンセンスだと思う。

「他人と比較するな」。

己が誇りを持って生きていくためには
とっても大事なことだと思う。

まあどうせ一部の人が
ネット上で暴れまくっていて
大部分の人は
ぎゃーぎゃー騒いでないんだろうけど
余りに目に付くから
つぶやいてみた。

で、
口述対策。

あー。
あるかないかわからん試験のための
勉強なんてもう嫌だ。

せっかく楽しく再開したのに
早くも拒否反応が出てきたぞ(苦笑)

そんな感じで。

ではまた。

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受験日記」カテゴリの記事

Comments

 ぷーさん、こんばんは。
 今日は体調不良で会社早退してきました(苦笑)。気温変動が激しい時期ですから、ぷーさんも体調には気をつけて下さいね。

 ロースクール生のお話ですが、私の友人にもロースクール1期生がいます。
 友人に聞いてみると、旧試に比べて合格率が上がったこと(といっても、ロースクール入試も経ていることを考えれば、そんなに高い合格率とは思いませんが…)、合格できなかったら就職どうしようって不安が大きいこと、そんなことがいろいろあって、みんな必死なんだとか。
 やはり、世間の風潮が、大学を卒業したら就職して、という流れのためか、それから外れるとどうしても必死になってしまうのかもしれませんね。私もそういう時期を経てきているので、そういう気持ちは分かるつもりでおります。
 ただ、そういった風潮があっても、あえて司法試験という難関に挑戦したんだから、胸を張っていいじゃない、って思うんですが。自己弁護かもしれませんが(笑)。

 ではでは。

ぷーさん、お久しぶりです。

相変わらず胸に突き刺さるお話で、
色々と考えさせられます。
掲示板などで文句いうのもいいんですが、
匿名でしかいえないっていう風潮が大嫌いです。
かくいう自分も半分匿名ですが(苦笑)

ちなみに、口述対策は全くできてません。
>あるかないかわからん試験のための
>勉強なんてもう嫌だ。
まさに、こんな感じです。

嵐の前の静けさを楽しみましょう。
それでは。

 私たち旧試験で合格した法曹からすると
 旧試験を全く経験していない
 新試験の合格者を
 色のついたフィルターで
 見ることは避けられないと思います。
 ・6法の知識は大丈夫か?
 ・旧試験ほど挫折感を味合わないで
  合格したメンタリティーはどんなものか?
・行政法など選択科目を受験の段階で
  やっているのはどれだけ強みなのか?
 などをチェックしてしまうと思います。
 ウチの事務所も新試験の修習生が来ますので
 人ごとではありません。
 私としては
 相性・能力に甲乙なければ
 同じ試験で挫折・苦労した旧試験合格者を
 採用しますけどね。

弁護士会の中でロースクールを支援する委員会に
所属している関係で,ローの学生に接する機会が
たまにありますが,概して,基礎力が劣るという
印象を受けますね。

学生たちの出身大学など見ていると,
失礼な言い方ですが,こんな人たちが
司法試験を目指す時代になったのだな,
などと妙な感慨を持ってしまいます。

◆とかっちさん

コメントありがとうございます。

体調は回復されましたか?

おっしゃるとおりでロー生にはロー生なりの
悩みなり苦労なりがあるんでしょうね。

やっぱりそこら辺の事情を斟酌せずに
「48%だからザル試験」とかって
絶対に言えませんよね。

チャレンジをする勇気もない奴に限って
人のことをあーだこーだと言う傾向が強いですよね。

まあここで言っても仕方ないんですが(苦笑)

お大事にしてください。

ではでは。

◆馬場さんへ

お久しぶりです。

>匿名でしかいえないっていう風潮が大嫌いです。
かくいう自分も半分匿名ですが(苦笑)

あ、私は全部匿名です。すみません(苦笑)

>嵐の前の静けさを楽しみましょう。

私たちにとっての嵐は10月6日ですよね。

法務省、論文もばっさり切る悪寒がとまりません。

まあ今さらあがきようがないので
座して待ちますけどね。

ではでは。

◆Rainyさん

コメントありがとうございます。
実務家の方ならではのご意見で参考になります。

>ウチの事務所も新試験の修習生が来ますので
 人ごとではありません。

良い意味で期待を裏切る人だといいですね。

私はその前の段階でもがいているので
全然話になっていないわけですが(苦笑)

ではでは。

◆まのさんへ

コメントありがとうございます。

>ローの学生に接する機会が
 たまにありますが,概して,基礎力が劣るという
 印象を受けますね。

いや、でもたぶん旧司受験生に接したら
もっとひどいかもしれませんよ(苦笑)

48%っていうフィルターは緩いようで
きっちり作用していると思うので
そんな変な人は合格してないんでしょうね。

>学生たちの出身大学など見ていると,
 失礼な言い方ですが,こんな人たちが
 司法試験を目指す時代になったのだな,
 などと妙な感慨を持ってしまいます。

まあ、もう3000人時代ですから。
去年話題に上ったように9000人とか言ったら
わけわからなくなると思いますよ。

現場では色々ご苦労あるかと思いますが
温かい目で見守ってあげてください。

ではでは。

「他人と比較するな」。

己が誇りを持って生きていくためには
とっても大事なことだと思う。

実際には、他人との比較の中でしか自己の価値を
図れない人がほとんどなんだと思う。

自分がやってる行動の意味や位置づけがあいまいな
まま、なんとなく過ごしてるほうが楽だし、そういう人が
大多数。そういう人が、自分の意味や位置づけを確認するとき
使う便利なツールが「他人との比較」なんじゃないかな?

自分より、下の人間を見ると安心するそうです。
自分が偉くなった気がするから。何もしてなくても。
びっくりする。でも、それがフツーの社会人なんだ。

苦しいとき、辛いとき、限界が近いとおもうとき
帰属意識が支えになるのはいいとは思う。

自分に対して、「ここからは、一歩も退けない」理由にするのはね。
そうすることで信じられないほど頑張れたりするから。
でも、「他人を比較してみくだす」のは安易で便利なツールで
みんな大好きだから使う。それだけなんじゃないかな?
くそみたいなもんだが、それが社会の多様性だし、その人の
個人の尊厳だからさ。

aさん、コメントありがとうございます。

おっしゃることわかりますよ。

>自分より、下の人間を見ると安心するそうです。
 自分が偉くなった気がするから。何もしてなくても。
 びっくりする。でも、それがフツーの社会人なんだ。

でもね、
私は7年間の社会人時代、正直言ってこういうことを思ったことはなかった。
その意味では「フツーの社会人」ではなかったんだろね。
その結果、今日の悲惨な私がいるわけだが(苦笑)

で、
「他人と比較する」っていうのは
aさんが書いているとおりで
時にはそれで頑張れたりするツールになるわけだけど
時には上を見て現状を絶望するというツールにも
なりうるものだと思うんだよね。

その意味では両刃の剣だと思うよ。

もちろん他人との比較を好む人間が存在することは否定しないけどさ、
少なくとも私は他人との比較に自分の尊厳を見いだしたりは
絶対にしたくないね。

それが私の美学であり生き様です。

ではでは。

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