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September 17, 2004

本屋にて

こんばんは。

また飲んでしまい、
さっき帰ったよ。

ちょっと最近飲み過ぎな感じ。

さて、
きょうは飲み前は
前期答練に行っていたんだけど、
友達が仕事が押していたので
時間をつぶすため本屋に寄っていました。

たぶん他の受験生の方もそうだと思うんですけど
とりあえず本屋に入ったら
司法試験のコーナーに足が向くわけで。

とは言っても今は特に欲しい本もなく
相変わらず辰巳センスでタイトルのついた
カトシンの「ざっくり刑法」を
どんなもんだろと立ち読みしていました。

その時、
スーツを着た30歳前後のサラリーマン風の男性が
つかつかと司法試験本コーナーにやってきて、
エール出版社の合格体験記とか
伊藤真の「やればできる本」とかを
次々に手にとっては真剣な表情で読み込んでいたんだよね。

たぶんこの人
まだ受験勉強を始めていない人なんでしょうね。
すでに受験生な人はこの時期に前の年の合格体験記とか
立ち読みしないでしょうし、
「やればできる本」っていうのは
勉強を始めた後は、ある意味卒業しているでしょうし。

で、その姿を見て
「あ~私も2年前はこんな感じにうつっていたんだろうな」と
思い出しました。

私の大好きな南の島で
いろいろ「哲学」(笑)を始めてしまい、
「単調だけどお金は入ってくる生産的な毎日」について
大きな変化を求めていました。
(実際、受験勉強を始めてみれば
その暮らしは「単調でお金も入ってこない非生産的な毎日」なわけですけど(笑))

というか「このままでは終わりたくない」という
意味のない無邪気な魂の叫びの
ぶつけどころを模索し始めていました。

だいたい自分のいる組織の人達を観察すると
自分がどういう風に年を重ねていくのか、
10年後、20年後の姿というのが
見える時があります。

人材が流れ、優秀な者のみが勝ち残る現代的な組織ならば
そういうことはないんでしょうが
私の属していた旧態依然とした組織では
それがはっきりとした形で見えていました。

進む道、得られる組織での地位、
もらう給料、そして退職金に至るまで
とっても具体的な形で見えてきます。

仕事がめちゃくちゃ忙しかったりしても
それはあくまでそのルートの中での
誤差にすぎないわけで、
犯罪でも犯さない限りは
全て予想がついてしまう。

20代も終盤にさしかかると
そんな道を進むことについて
「迷い」が生じる時ってあるものです。

それは
組織内での部署を変わっても
たとえ同じような他の組織に移っても
解決されない問題であるわけで、
何らかの大きな変化を求めていました。

最初はそんなところからはじまるものです。

少しでも常識のある人なら
たぶんそういう思いに従ったりはしないでしょう。

一度社会に出た人が無職になるのは
本当に大変なことです。
(もっとも思慮浅い私は実際になってから気づいたんですけど)

そして
そういう何らかの変化を求める「乾き」は
常に心の奥底に感じながらも
仕事のやりがいや仕事の後の酒で
それを潤すことでうまく共生していくべきものだと思います。

でもさすがに限界が来ていた私は
そうすることができなかった。

その意味では本当にダメ人間だと思っています。

そういう「乾き」を対処することも
生きていく上ではとっても大事な技術なわけで。

私の場合は
なんとも情けないことですが、
組織に入って1ヶ月で
「辞める」と騒ぎだしていたので(笑)
7年間はそういった「乾き」との戦いでした。

必死にごまかして
「ま~こんな感じでいいや」って
思いこませようとして必死でした。

でも28歳の秋に感じた乾きは
もうさすがに自分の限界を超えていたわけで。

かといって
「じゃあ何するの?」っていうのが
全くなかったんです、当時の私は。

いろんなビジネス本とかにもたくさん手を伸ばして
色々考えたんだけど
結局何も残らなかった。

それじゃあというわけで
大学へ戻るとか留学するとかも考えましたけど
それじゃ結局何も変わらないわけで。

結論を先延ばしにして誤魔化すのは
私の悪い癖であることを認識していたので
その選択肢は消えました。

「とりあえず脳みそ使いたいな」と
その時は(笑)強く思っていたので
次はじゃあ何か資格でもとってみるって
感じで考えました。

今考えても本当にやっていることが
浅はかですね。

で、正直、
司法試験はその時考えませんでした。

やっぱり何か怖がっていたんでしょうね。

弁理士や司法書士、行政書士、
中小企業診断士などにまず目が行ったんですよ。

それからというもの、
仕事の帰りに本屋に寄るのが
大きな楽しみになりました。

自分の知らない世界というのは
触れ始める最初のうちが一番楽しかったりするもので
そういった試験の合格体験記とか読みあさり始めました。

でもなんかしっくり来なかったんですよね。

こうやって書くのが大変失礼なのは
承知の上で敢えて書くのですが、
なんか自分でもうかることが「できそうな」試験を
敢えて組織辞めて目指す必要があるのって。

たぶんみなさんお気づきかと思いますけど
私は人から評価されないと気が済まない人間です(笑)

で、正直そういう道に進んで
自分的に満足できるわけ?っていうのが
ごちゃごちゃ頭をさまよいました。

本当に失礼なことばかり書いてすいません。
でも思ったことをぶっちゃけて書きたいので
許してください。

で、
ある日ふと司法試験のコーナーへ進出しました。

最初に手に取ったのは
大学受験の時と同様エール出版社の合格体験記です。

とりあえず大学の時の友人の姿からイメージされるとおり
大変そうな試験だなっていうのはよくわかりました。

正直、
大学の時には
司法試験って興味が無いと同時に
それを理由によく調べもせずに
「逃げていた」って側面もあったんですよね。

とりあえず遊びたい盛りだったので。

そんなことを思い出していたら
20代の間、
なんかそういう「逃げ」を続けてきた自分に
急に腹が立ってきたんだよね。

適当に仕事をやって
適当に稼いで
自分をみつめることから逃げている自分、
その単調な日々に変化を求める上で
再び逃げようとしている自分。

これじゃいけないなって正直思った。

逃げ続けて終わるなって。

とりあえず
20代の間に染みついた
そういう甘えた姿勢をまず叩き直さないといけないなって
いうのが一番の目的になったね。

で、もうそれからは
司法試験受けるってことで腹を決めた。

以前と同じように本屋に立ち寄るのだけど
向かうのは司法試験コーナー。

もちろんそのころからローができることはわかっていたけど
闘争心に火のついてしまった私には
もう現行司法試験しか目に入らないわけで。

ありとあらゆる本を
立ち読みしたり買ったりして
必死に読んだ。

読むもの読むものが
新鮮でとっても楽しかった。

法律って面白いじゃんなどと
大学の時には全く感じなかった感情に
心を躍らせて読みいっていた。

そう、
きょう本屋で見かけたサラリーマンのように。
何かを求めて。

そして
2年後、私はそういうサラリーマンを見つめる側にいる。

勉強を始める前のあの心の騒ぎを失い
発表を前に覚悟を決めた絶望的な状態で。

知識を得た代わりに
失いかけてしまったものもあるのだなと思った。

そして私の場合はそれは
失うべきものではないのだなとも思った。

そんな感じな秋の夜長。

ではまた。

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Comments

多くの箇所に共感します。

Posted by: アマケン | September 18, 2004 at 11:01

「このままでは終わりたくない」
私もそう思います。
このままでは、もう先は見えています。
決して不幸な「先」ではありませんが、望んでいる「先」でもないのです。

「このままでは終わりたくない」
この気持ちがある限り、何かに挑戦しつづけると思います。
しかし、私ももう33ですから、いつまでも・・・ってわけにはいきませんが。

Posted by: laver | September 18, 2004 at 12:15

◆アマケンさんへ。

コメントありがとうございます。
オーストラリア羨ましすぎ(笑)

◆laverさんへ。

コメントありがとうございます。
いやいや挑戦に年齢なんて関係ないでしょ。
60歳超えて択一うかっている人もいるわけだし。
自分がやりたいことを楽しみながら必死にやるっていうのは
死ぬまでとっても大切じゃないかなって思います。

ではでは

Posted by: ぷー | September 21, 2004 at 22:59

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