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December 2003

December 01, 2003

12月の日記

■2003/12/15 (月) 殻と枠

いい天気でしたね。

さて、
司法試験の世界では
「自分の殻を破る」とか
「自分の枠を超える」とかって
ことさら強調する人が
います。

でも、
自分の殻を壊したり
自分の枠を超えたりする必要って
あるのでしょうか?

たかだか受験勉強するぐらいで
「自分の殻を壊す」とか
「自分の枠を超える」って
ことはないだろ。

受験勉強なんて
自分がやりたければ
できるわけだし、
何にも
殻を壊したり
枠を超える要素なんて
ないと思う。

そもそも
「自分の殻を壊す」とか
「自分の枠を超える」って
いうのはそういうもんじゃ
ないだろ。

やりたくもないことを
我慢してでも
屈辱に耐えてでも
やることこそが
自分の殻を壊したり
自分の枠を超えたり
することじゃないのか?

社会に出れば
やりたくないけど
やらなきゃいけないことなんて
数え切れないほどあります。
そういうことが
仕事のほとんどって
こともあります。

自分の価値観や
自分のプライドでは
とてもできそうにないことを
必要に迫られて
どうしてもやらなきゃいけない。
自分自身では
全然納得できないけど
やらなきゃいけない。

そんなことを
やることこそが
「自分の殻を壊す」ことだったり
「自分の枠を超える」って
ことじゃないか?

それを
たかだか
受験勉強ごときで
自分の殻を壊したり
自分の枠を超えるって
いうのは
どう考えても
社会経験のない
甘ちゃんの
発想だ。

受験勉強の過程で
意に添わないことを
強いられたり、
理不尽と感じながら
誰かの命令で
やらなきゃいけないことって
全くない。

その意味では
受験勉強って
とっても楽なこと。

仮に能力的な意味で
「自分の殻」とか
「自分の枠」とか
ってことを
使うとしても
そんなもん
客観的にわかるのか?
自分の殻とか枠とか?

殻を壊して
枠を超えて
仮にうかっちゃたら
一生
背伸びして生きるのだろうか?

無理しなきゃ良いのに。

受験勉強しているぐらいで
自分の殻とか枠とか
ぴーぴーきゃーきゃー言う人というのは
たぶんそのうち
消えていくのだろう。

「自分なりには
 よくやった」などという
適当な言い訳をたくさん抱えて。

そしてまた
自分の殻とか枠とかと
戯れ続けるのだろう。

甘過ぎるんじゃねえか?


■2003/12/14 (日) アタック

アタック60
受けてきました。

まあそれなりの問題で
(刑法が少し簡単かな)
出来も
それなりでした。

さすがに
9割には届きませんでしたが
大台には乗りました。

論理操作の問題でも
知識があった方が
絶対に解くのは
早くなるので、
よく言われるように
刑法は知識より
問題演習って言うのは
ある意味正しいけど
ある意味正しくないと。

過去問しっかりやって
肢別本できちんと
知識をチェックすれば
それなりには
形になるんだなと
ある程度は
手応えが
つかめました。

よく
「択一の勉強は
年明けからで」という
意見がありますが、
それは
前の年受かった人の話で
初受験組は
まずは
択一通らないと
どれだけ
論文の勉強しても
意味がないんだから
択一はそれなりに
力入れるべきだ。

「私は論文は得意だけど
 択一は苦手」と
言い訳するのは
見苦しい。

来年は
結構本気の人が
多いと思うので
万全の対策を
とるに越したことは
ないと思います。

「足をすくわれた」などと
言い訳するのも
見苦しいからね。


気を抜くと
この先伸び悩むのも
嫌なので
これからも
締めていきたいと
思います。

結局
ぐちゃぐちゃ
言っても
やるかやらないか
ってそれだけだから。

勉強が楽しいとか
楽しくないとか
難しいとか
難しくないとか
そんな感情って
勉強の邪魔に
なるだけだ。

つまらないことだって
難しいことだって
自分で決めたことぐらい
淡々と
こなせないようだと
社会では
生きていけない。

「受験生」という
甘い身分で
一生暮らすなら
また別ですが。

受けるだけなら
誰でもできますからね。
「司法試験受験生」って
身分は失業者になるのと
同じぐらい
簡単に手に入ります。

それで
偉ぶって
勘違いしている
人たちは
ただただ
試験の倍率を
「数字上」
あげるだけで
別に
どうでも
いいんですけど。

やるなら
それなりに
ちゃんと
やればいいのに。

受験生であることに
酔っているようじゃ
だめだろ。

ま、
そういう人は
一生酔い続けてれば
良いと思うが。

夢や幻想に浸るのは
勝手ですからね。

私は
私の速度で
本試験目指して
淡々とやります。

■2003/12/12 (金) BGM

ちょっと一息。

みなさんは
勉強する時のBGMって
かけていますか?

前にも書きましたが、
私は
心頭滅却系の
精神論が
大嫌いなので
勉強する時は
かならず
音楽を流しています。

最近は
J-WAVEが
くだらなく
品がなくなったので、
インターネットラジオを
聞いています。

おすすめのサイトは
'live365'
http://www.live365.com/index.live
です。

いろんな
ジャンルがあるので、
気分によって
変えられます。

今のJ-WAVE
みたいな
くだらない
DJの
甲高い耳障りな
声や
わけのわからない
下品なレポーターの
叫び声は
もちろん
ありません。

どれだけ
快適な
勉強環境を
作るかっていうのは
結構重要です。

以前にも書きましたが、
自分一人では
勉強が出来ない人が
集まって
ストレスあふれる
自習室みたいな
所では
とてもじゃないけど
勉強する気に
ならないので、
自室を
完璧な
勉強空間にしています。

それでは
良い週末を。

■2003/12/11 (木) 動機付け

東京は
きのうもきょうも
冷たい雨。

なんだか朝から
暗いと嫌になりますね。

南国の島のような
抜けた青空が
やっぱいいです。

司法試験では
「なぜ法曹になりたいか」って
ことや
「合格後を考える」って
ことが
大切ってされています。

別に具体的な
イメージがなくても
「金を稼ぐ」なんて
目的でも
目的を持つことが
大切だって
されています。

でも、
本当でしょうか?

少なくとも
普段の勉強をする上で
そういう
必要性を感じたことって
みなさんありますか?

勉強に集中するために
そういう思いが
どうしても
必要だとしたら
そんな人は
勉強辞めた方が
良いんじゃないか?

理想と現実は
必ず食い違いが
生じます。

仮に合格して
実務に就いた時
そういう理想に
燃えて
入った人って
どうするんでしょう。

自分の思い描いた姿と
著しく異なる
現状を目の前にして。

「こんなものだから
仕方ない」って
現状を受容するか
受験勉強をしていた時からの
「妄想」を捨てるか
どちらか。

くだらない
妄想に時間を
費やしている暇があったら
勉強すればいい。

勉強に対する
モチベーションを上げるためって
ことで
そんなこと考えても
勉強しているわけじゃないし、
そういうこと考えている時だけ
一時的にモチベーションが
上がるだけじゃない。

別に誰からも
強制されて勉強している
わけじゃないんだから
モチベーションが
上がらないんだったら
司法試験やめれば
いいわけだし。

現行の司法試験から
逃げて
ローにでも行って
問題を先送りして
うじうじ考えれば
いいのではないか。

結局やるか
やらないかって
全部自分にかかっている
わけだし。

そんな動機付けや
モチベーションなんて
いう「妄想」で
自分を駆り立てなきゃ
いけないようなら
撤収した
方がいいと思うのだが。

合格した後も
そういう「妄想」に
すがって生きていくのでしょうか?

現実って
もっとシビアで
無味乾燥な
ものじゃないか?

ごまかすの
やめればいいのに。

■2003/12/10 (水) 方法論

クリスマスソングが
がんがん流れていますね。
今年は
家族と一緒に
のんびりと
なりそうです。
20代最後にしては
静かなクリスマスに
なりそうな感じ。

まあ
もうはしゃぐ
年頃でも
ないんですが。

受験勉強では
いろんな
方法論がありますね。

司法試験でも
論点ブロックだったり
基本書読み込み型だったり
機械的合格法だったり
P&Cだったり
いろいろ
あります。

最近ではよく
「方法論を研究しても
合格にはつながらない」って
いうことが
言われるように
なりましたね。

当たり前のことなんですが
方法論をいくら
研究しても
合格には
つながりません。

どの講師が良いとか
どの講義が良いとか
そんなことを
検討している間は
もちろん
勉強しているわけじゃないので
全然学力は伸びません。

誰でもそうだと思うけど
そういう段階を越えて
自分で主体的に
勉強している時に
力って伸びるものですからね。

でも
きちんとした
方法論を学ばないと
独りよがりの勉強に
なりがちです。

司法試験みたいでは
底なし沼みたいな
勉強にはまりがちなので
特に注意しないと
いけないですよね。

方法論を
全部否定するのでなく
それをきちんと
学んだ上で
どれだけ
やれるのかって
ところに
かかっているのでしょう。

そうしないと
ただただ時間を積み上げて
質が良いか悪いかも
考えずに
ただただ
積み上げれば
合格できるんだって
勘違いに
つながりかねませんから。

最近の司法試験の流れって
数年前まで流行っていた
P&Cや柴田式を
否定して
「結局は勉強することだけ」的な
精神論が横行している
感じがします。

全体の流れが
そういう方向に向けば
向くほど
逆に方法論の
優位性っていうものは
際だつわけで、
そこら辺のとこ
見失わないように
したいなと
思っています。

何でもそうだけど
周りのこと気にして
流されるままじゃ
何にもできないからね。

周りと一緒に
流れていることに
自己満足したいんなら
司法試験なんて受けずに
適当な会社入って
適当に仕事して
適当に恋愛して
適当に日々過ごせば
それでいいんだから。

そんなんじゃ
満足できないから
司法試験受けるわけじゃん。

だったら
それなりに
自分でしっかりと
方法論考えて
やらないと
つまらない。

■2003/12/09 (火) 計画

なんか
9時頃まで
大音量で
お祭りみたいな
御輿が
駅前を
練り歩いていました。

なんの集団なんでしょう?
いくら自分たちが
楽しくても
迷惑かけるのは
やめてもらいたいですね。

さて、
受験勉強する上では
計画って
重要ですよね。

計画たてないと
朝起きてから
きょうは何やるかって
感じで
どれも中途半端な
ことしか
出来なかったりするので。

でも
計画って
たてている時って
勉強しているわけじゃ
ないんだよなー。

もちろん
学力もちっとも
向上しないし。

「今週末にLECの
 アタック60があるから」とか
「12月は答練が刑訴だから」って
場当たり的な
計画たてても
しょうがない。

試験は択一は5月、
論文は7月って
決まっているんだから
それに向けて
計画たてないと。

目の前のことに
とらわれて
場当たり的に
択一の対策やったり、
基本書読み込んでも
仕方ないと思う。

そうやって
目の前のことを
こなしていれば
日々は過ぎていきます。

答練で
それなりの
点がとれれば
それなりの
満足が
得られるかもしれません。

でも、
だから何なのか?

答練で成績優秀者に
なろうとも
2万円の割引チケットが
得られようとも
ただそれだけだ。

目の前の
細かいことばっか
繰り返していると
何か見えなくなるような。

来年も同じように
目の前の答練とかで
バタバタ場当たり的な
計画たてて
受験生活楽しみたいなら
別なんだろうが。

そうやって
予備校とかに
振り回されて
自分の勉強の計画とか
ごちゃごちゃ
いじるのって
楽しいか?

そういう感覚
全然わからんが。

前にも書いたけど
「合格者もこうして 
 合格した」って
いう予備校の宣伝文句って
「こうしたけど
 不合格者もたくさんいた」って
事実を隠した一面的なものだ。

それを
あたかも正論のように
「答練は受けないとだめだ」とか
「答練の成績優秀者はうかっている」とか。

なんか宗教みたいな感じだ。
批判を許さないその雰囲気といい。

そもそも
答練の成績優秀者が
うかったかどうかなんて
調べている暇あったら
勉強すりゃいい。

一人で調べて
悔しがったり
安心したりって
バカみたいじゃないか?

結局
来年の試験に
受かるかどうか。

■2003/12/08 (月) 日記

年末ですね。
南の島に行っていたので
なんだか時の感覚が
少しずれていますが、
誕生日が1月なので
免許の書き換えの通知とか
いろいろ来ているのを
見ると年末なんだなと
感じがします。

ちょっとSumeruさんの
ページを見てみて思ったのですが、
最近は
こういう日記とか書くの
ブームなんですかね。

自分からリンク
お願いしたりしている
人もいたりして、
かなりはやっているかと
思ったりもします。

中には
1日に何度も
書いている人もいて、
結構すごいなと
思います。
まねをしようとは
絶対思いませんが。

日記を書くってことが
義務とか勉強からの
現実逃避になっては
意味がないですからね。

「なんか書かなきゃ」って
思うようなら
最初から書かなきゃ良いわけだし。

やたらめったら
書いて反応を楽しんでいるのって
ひきこもりのパソコンマニアみたいで
あんまし好きじゃないんだよな。

某掲示板なんて
ひどいからね。
確かに情報収集に役立つ面も
あるんだろうが
私は勉強を始めてから
見たことがない。

なんだか
あの掲示板見ていると
頭が悪くなるような
そんな感じさえするからね。

見たくなきゃ見なきゃいいんだから
簡単なものです。

役立つ情報もあるからって見ても
役立たないくだらない情報に
無意識的にでも
影響されるのが
嫌ですね。

やたらと
ベテランをバカにしたり
学歴にこだわったり、
択一合格経験にこだわったりと
くだらないなって
昔思ったので、
絶対見ないようにしています。

自分の美意識に反するものって
年を重ねると
許容できなくなるものなんですよね。

人付き合いとかでも
そうだが。

受験勉強が終わっても
そんな姿勢は大事にしたいと
思っています。

■2003/12/07 (日) ちょっと思うこと

きのうは
キムチ鍋で
体を温めました。
私は
普通の鍋の方が
好きなのだが。

そろそろ
来年の足音が
聞こえてきた。

年明けからは
4大予備校の
択一答練を
マックス
週に4回
受けようと
思っています。

来年の5月に向け
今は
択一の過去問を
完璧にするように
しています。

もちろん論文も
着々と
毎週こなしています。

初回受験生で
今年入門を
始めた私は
他の人と
同じようなことを
していても
勝ち目はないのが
わかっているので、
以前にも書いたように
ちょっと
変わった方法で
勉強しています。
曜日ごとに科目
決めたりとか。

2回目や3回目の
人は
答練に合わせて
勉強すれば
良いんだろうが、
初回の人が
同じようなことやっても
絶対戦えない。

高校の頃の
中間試験や期末試験の
ようなものを
繰り返せば
入試に対応できるって
ものじゃないってことは
よくわかっている。

何度も何度も
同じことを
繰り返して
未知の問題にも
どんどん
当たって
思考の方法を
身につけていかないと
とてもじゃないけど
来年の試験を
楽しめまない。

負けるつもりで
試験に臨むほど
お人好しじゃないので
できるとこまで
やっています。

その意味では
本当に
自分と
向き合うだけの
世界ですよね。

勉強をどうやるかも
何をやるかも
どれだけやるかも
他の人から
強制されることは
一切ありません。

自分が考えて
自分が取り組んで
自分がその結果を
受け止めるって
感じで。

どんなに
試験の制度や
将来のことを
考えても
結局
今自分がやらないと
何にも変わらない。

合格することだけが
前に進むことじゃないと
思うけど、
やっぱり
結果はだしたい。

うだうだ
反省するのは
嫌いな性格なので
その必要が
ないように
淡々と着実に
やっていきたいです。

去年の今頃は
本当に
ボトムの状態で
やりたくもない
つまらない仕事を
こなすだけになっていたのと
比べると
比較にならないほど
幸せな暮らしに
なりました。

失うものもあれば
得るものもたくさん
あるわけで。

失うことを恐れて
不満を抱えていても
本当に自分が
動かないと
気づかずに
他の大切なものを
失ったりもしています。

来年のこの時期
今よりよく思えるように
ただやるだけです。

■2003/12/06 (土) 数字

受験生の日記に
書いてある
中身って
結構似ていますよね。

中でも
もっとも多いのが
勉強時間と
答練の成績。

1日10時間だとか
8時間だとか6時間だとか
(なぜか偶数が多いですね)
答練だと
24点とか25点とか26点とか。

なんでそんなに
数字にこだわるんでしょう。

数字が
「客観的」だと
いうことなのでしょうか?

そもそも
勉強時間を
カウントするという
思考自体
よくわかりません。

積み上げてなんに
なるのでしょうか?

少なかったら
自分を戒めるための
道具にするのでしょうか?

自分をいじめるような
変わった趣味は
私にはないので
全然意味がわかりません。

逆に勉強時間が多かったら
どうするんでしょう?

自分を褒め称えるのでしょうか?
それとも
まだ自分をいじめるのでしょうか?
24時間に限りなく
近づけようとするのでしょうか?

昔読んだ
村上春樹の小説にもありましたね。
(確かノルウェーの森)
吸ったたばこの数とか
食べたパスタの数とか
なんでも
カウントするって
シーン。
病の一歩手前。

そもそも
受験勉強って
時間で計っても
しょうがないんじゃないか?

その数字が何か
意味持つのか?

パートで
レジ打ちしている
人などは
時間単位で
給料をもらっています。

その時間は
経済活動の対価を
受け取るって
意味で
大変意味ある数字です。

でも、
受験生の
勉強時間の数字なんてね。

何の意味もない。

そもそも
受験生の暮らしが
辛いなんて
いっている人は
「大丈夫かな?」と
思います。

どんな仕事でも
働いている人の方が
受験生なんかより
よっぽど
大変で辛いものです。

社会を甘く見てんじゃねえか?

どんなダメオヤジだって
それなりに
大変な思いをして
生きています。

会社でダメという
烙印を押されたら
それを
一生甘受して
会社にしがみつくことだって
とっても大変なことです。

ある意味
精神を麻痺させて
屈辱に耐え、
自分を殺して
酒場でくだ巻いて
それでも
必死に生きています。

1日何時間
勉強したとかって
べちゃくちゃ
言って、
答練の点が
何点とかって
他の人と
意味のない
競争して
受験生の暮らしは
大変だって
いっている人たちって
ある意味幸せだ。

次は
何を数えて
満足するのかな?

■2003/12/05 (金) 格付け

さすがに
30度オーバーの
熱帯から帰ってくると
日本の冬は
寒いです。
冷たい雨も降っている。

J-WAVEは
相変わらず
ぺちゃくちゃ
しゃべっています。
そもそも
勘違いDJの
トークなんか
聞きたくないし、
ニュースなんぞ
いらないんだよ。
うざったいんだよ。
時代とともに
悪くなるものも
あるもので。

さて、
どの世界でも
「格付け」って
ありますよね。

ホテルやレストランは
もちろん、
大学や高校、会社も
「格付け」されています。

受験生の中でも
「格付け」が
ありますよね。

択一落ち、
論文落ち、
口述落ち、
択一未受験者、
初学者。

勘違いして
初学者や択一未受験者、
それに択一落ちの人を
自分より
勝手に格が下と
思う人を
見下す人もいますね。

結局
最終合格者でなければ
みな同じはずなのだが。

偉そうに
勉強法をアドバイスしたり、
人の答案にけち付けたり。

じゃあ
あなたは
来年受かるのですか?
と聞きたいですね。

どうせ不合格者なのに
調子に乗るなって感じが。

そういう人に
ありがちな
「自分は偉くて
 周りはバカ」的な
態度は
好きじゃありません。

そもそも
人にアドバイスしたり
偉そうなこと言う前に
自分の勉強すればいいのに
って思うんだが。

まあ人にアドバイスしている
時は
「自分は択一合格者」だからとか
「自分は論文合格者」だからとか
優越感に浸れるので
やめられないんだろうが。

所詮は論文落ちか口述落ち。

受験生の中の
小さなヒエラルキーで
人を見下して
楽しいでしょうか?

偉そうにのたまうのは
最終合格してからにすれば
と思うが。

ちっぽけな
格付けで
満足するような
ちっぽけな
人間は
その世界以外から
見れば
ただのバカにしか
見えません。

そんな狭い価値観が
ダメダメな
原因じゃないのか?


■2003/12/04 (木) 旅

この前更新した
翌日の金曜日から
赤道近くの
南の島に行って来ました。
勉強道具とともに。

去年も10月末に
行くはずだった島。
直前にテロがあって
やむなく
行くことを中止した島。

3度目の島でしたが、
ヴィラタイプのホテルで
朝から夜まで
勉強していました。

途中ホテルの敷地を
ちょっと散歩して
汗をかいたら
部屋のプールで泳いで、
食事はプールサイドの
ホテルのレストランでという
贅沢なんだかよくわからない
生活をしてきました。

行きと帰りの飛行機も
ビジネスにして
快適に勉強しました。

こんな旅は
初めてだったので
なかなか新鮮でした。

どうして
敢えてこんな時期に
南の島に?って
感じはもちろん
しましたよ。
受験生ですから。

でも、
今の受験生の暮らしも
きっかけは
去年の旅行でした。

テロがあったため
自分の意志でなく
上司の意向で
行き先を変更せざるを
得なくなり
行った島で、
のんびりしていた時。

ふと
大学を卒業してからの
自分の暮らしと
その後の暮らしを
考えました。

とにかく20代は
いろんなことを
経験したいって
思いは
それまでの
生活で
ほぼ満たされていました。

会社に残れば
組織の中でしか
生きていけなくなるのが
目に見えていました。

自分より上の役職の人間には
へらへらする
ダメな上司とうまく
やっていくことだけが
仕事になっていくことが
見えていました。

自分がやりたくないことで
人生の貴重な時間の
大半が費やされていくことが
はっきりと
わかってきた年齢でした。

そんなことをつらつら
考えながら
次の道として
司法試験を受けようかなって
思ったのが
ちょうど去年の旅行でした。

それから1年。
自分がどれだけ
変われたのか、
どこまで
やれるのか、
何が必要なのか、
そしてどこまで
行けるのか、
いろんなことを
確かめたくなったので、
旅立ちました。

勉強漬けの
旅行でしたが、
はっきりと
自分なりの
手応えを
得ることができました。

勢いがつきそうです。

PS・
更新しない間も
訪れてくれたみなさん
本当にありがとうございました。

これからも
よろしくお願いします。

■2003/12/04 (木) お久しぶりです。

お久しぶりです。

ちょっと場所を変えて勉強をしていたので
更新が出来ませんでした。

ネットはあったんだけど、
日本語が打てなくて(苦笑)

では、また後ほど。

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