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October 2003

October 01, 2003

10月の日記

2003年10月の日記
■2003/10/31 (金) あっという間

もう10月も
きょうで終わり。
択一まであと半年ちょっと。

初受験組は
ほんとにロングスパートが
欠かせない時期ですね。

初めのうちは
だれでも
1年で合格するつもりで
勉強しますから、
本来なら
「来年絶対合格する」とかって
力強く言わなきゃいけないんだろうが。

でもよくあるHPみたいに
当初「1年で合格するためには・・・」と
書いておきながら、
落ちると「2年で合格するためには・・」とか
ってしらーっと書き直すの
あんまし格好良くないかなと思うので、
避けておく。

そもそも
精神論って面倒くさい。
「気合いが足りない」とか。
精神論で片づくなら
人生とっても楽だよ。
嫌な仕事だって
「気合いが足りない」って
自分を責めれば
つまらないことを
だらだら続ける口実にはなる。

なんか受験だからって
そこまで自分を追いつめなくても
良いのでは?
なんか合格者の中には
「朝起きたら生きていることに感謝する」とか
って安っぽい宗教みたいな話書いている人もいるが。

まあ合格者の書いた一言の方が
私みたいな無職が書いた一言より
重みがあるんだろうが。
ただ私はそんな人生を送りたくない。

だいたい、
「成功者はこうした」的な
安っぽいビジネス本の
話って聞いていて面白いかな?
そんなこと自分で実践して
楽しいのかな?

精神面ではなく
方法論では役立つ所もあるけど、
得てしてそういうのは
精神論と方法論がごちゃまぜ。

自分の目標を書いて
机の前に貼っておくとかって
よく言うけど、
絶対したくない。

合格すれば何でも良いっていうのが
受験界の常識かもしれないけど、
あんまし好きじゃない。
そんな安っぽい方法論。

某合格者のHPには
自分の口癖としてこんなことが
書いてありました。
「合格するどんどんよくなるNO1になる」。

まあ受験界では許されるんでしょうが。
私はこんなことばを口癖にする人は
たとえ合格者だろうが、
とても気持ち悪く感じるね。
なにが「よくなる」?
なにが「NO1」?

別に淡々とやったって良いじゃん。
暑苦しく精神論を振りかざして
合格したら受験生を見下した態度
とらなくてもいいだろ。

結果を出せばいいんだろ。
結果を。

■2003/10/30 (木) ランキング

引っ越し作業を終えて
SUMERUさんに
リンクし直してもらったら
「アクセス数のカウンターは
 再びゼロからです」と
付言。

まあ以前のアクセス数は
異常で気持ち悪かったので、
ゼロに戻ってすっきりした感じ。

私は意外と
調子に乗りやすいので
アクセス数が多いと、
敢えて挑発的なこと書いたりして
さらにアクセスのばそうとか
考えてしまうので。

でも、
誰にも見てもらえないページは
かなり寂しい。

見られないんだったら
自分だけの日記をつければ
良いわけだ。

この日記って
下のサルのアイコンの
MAILってとこから
メールをいただくことがあります。

もちろんこの内容ですから
「お前が思い上がっている」とか
「勘違いやめろ」とか
素敵な内容も多いのですが、
(こんなメールには負けませんよ。
 あしからず)
たまにちゃんと読んでくださる
方からメールいただくと
かなりうれしいです。

批判のメールを
受け付けないようにするには
下のアイコンを非表示にすれば
良いのですが、
まあどんな感想でも
送る機会はあったほうが
良いかなと思って
消そうとは思いません。

まあ批判してくれる人も
わざわざ
メール打ってくれるのだから
こちらにとっては
ありがたい読者ですから。

というわけで
アクセス数も減ることだろうし、
ひっそりと
「これからもよろしくお願いします」。

■2003/10/30 (木) ふと思ったこと

今月つけ始めたばかりの
日記ですが、
いろいろなことがありました。

それで
引っ越し作業している時に
ふと振り返ってみたのですが、
「精神論ばっかじゃん。この日記。」

まあ一受験生が勉強の方法論を
大上段に語るのは好きじゃないので
その点は良しとしても、
少し精神論だらけなのは反省。

あすからは
もっと軽い内容にしたいものだ。


■2003/10/27 (月) 逃げないこと

自分がやっていることから
逃げるのは簡単です。

世の中には逃げる理由があふれています。
「時間がない」。
「必要がない」。

少し手を伸ばせば逃げる言い訳は
いくらでも手に入ります。

周りを納得させるのも簡単です。
もっともらしい理由を並べれば
それなりに納得するでしょう。

だけど、
逃げることで何が残るのでしょう?

たとえば
この日記も
「削除」のボタンを押せば
すぐ消えます。

これまで書いたことも
全て何も残りません。
はじめからこの世の中に
存在しなかったように。

勉強を始める前に
私もよく見ていた掲示板でも
同じようなことがよくあるそうですね。

勉強を始めた当初は
「短期合格するぜ」と
威勢良く書き込むものの、
半年たてば数人しか残らなくなり、
1年たてば誰も書き込む人が
いなくなるそうです。

そんな人たちは
自分にどんな思いを残すんでしょうね?

「司法試験は受かるかあきらめるかの試験だ」
とよく言われますね。

勉強をしていると視野が狭くなりがちですが、
別に司法試験に合格するだけが生きる道ではないので、
その意味では正しくない言葉だとは思います。

自分で楽しめる人生を送るのが一番ですから。

でも、
「仮に法曹の道に進みたいと思って
勉強を始めたのなら
納得するまで勉強しなよ」
という意味なら
正しい言葉かなと思います。

最初は誰でも
威勢良く勉強を始めます。
でも、勉強をすればするほど
その大変さを感じて少し勢いが衰えます。

踏ん張りどころは
そこら辺なのかな。

こういうところを合格体験記に
書いて欲しいんですけど。
まあ人に頼るなってことでしょうね。

ここで下手に迷いが生じると
合格が遠のくのかもしれませんね。

まあ楽しみながら
勉強頑張ろうと思っています。

■2003/10/26 (日) 評価

きょうは10月に入って
初めての休日にしました。

朝日がのぼならないうちに
中央道に乗り、
八ヶ岳山麓の紅葉を楽しんできました。
久々のドライブだったので
少し疲れましたが。

私の車は
今から7年以上前に
買った車です。
社会人になってすぐ、
やりがいのかけらもない仕事が
嫌で嫌でしょうがなかったので、
5年は頑張ろうと、
有り金と300万円のローンを組んで
買った車。

走行距離は8万キロを超え、
たぶん下取りに出しても
二束三文でしょう。

でも
20代を一緒に歩んだ車。
たとえ値がつかなくても
自分にとっては
かけがいのない
大事な大事な車です。

車が中古車として
値がつけられるのと同じように
人だって日々評価にさらされています。

会社に勤めているのであれば
会社の評価。
学生であれば
成績の評価。

どんな人でも
そんな評価を気にします。
「人は一人で生きているのではない。
 人間だから」などという陳腐な言葉もあります。

でも、
そんな評価にとらわれすぎると
大変なことになります。

組織にいると様々な上司がいました。
出世競争に夢中な人もいれば
そんなことを気にかけずに
自分のペースで仕事をする人もいました。

そんな様々な上司の中で
一番痛かったのは
出世競争に敗れ、
そのことを引きずっている人でした。

入社直後から
自分は同期で何番かなど
会社の評価だけを気にして
少し優越感に浸り、
出世競争に参加しない者を見下し、
そして
敗れていった人たちです。

そんな人たちは
入社直後から
「自分は周りからどう思われているか」しか
気にしないため、
自分なりの美学がありません。

そんな人は
人を肩書きで見ます。
出世競争にまだ一縷の望みがあるのか、
自分より「偉そうだ」と思えば
へらへらし、
自分より「下だ」と思えば
横暴な態度を取ります。
当然周りからは軽蔑されます。

周りからの評価しか
気にしていないため
自分の価値観で人や物事を
見ることができないのです。

周りが「良い」といえば
「良い」。
周りが「悪い」といえば
「悪い」。
オウムでしょうか?

なんでそんなに周りの目ばかり
気にするのでしょう?

実際そんなに
注目されていないと思うけど。

周りにびくびくせず、
自分で正しいと思うことを
堂々とやれば
それで十分格好良いのに。

■2003/10/25 (土) 自己管理

きのうは金曜日。民訴の日でした。
論文の勉強が済んだ後、
全部の定義を覚えているかチェックするのですが、
最初はなかなか馴染めなかった独特の用語も
何度も繰り返すと慣れてくるものですね。

以前書いたように
私は1週間で六法を
一通り見るようにしています。
日曜日に
択一と論文の本試験があると仮定して、
今の自分だったら
直前に何をするかということを
常に考えて。

その面では
社会人時代は
今より全然楽でした。

職種柄、
自己管理というよりは
忍耐と体力だけを要求されていたので。
自分のペースを作らずとも
仕事が雪のように舞い落ちてきます。
そして一つ一つ雪をかいていけば
月日が過ぎていきました。
ふところもふくらんでいきました。

だから自分を見つめる機会は
あまりありませんでした。
その必要がないからです。

でも今は違います。
自分が朝起きてから夜寝るまで
何をやらなきゃいけないのかを
常に考えないといけません。
時間があるからこそ
厳しく管理していかないといけません。
それも他人任せでなく自分自身で。

自分を甘やかすも
厳しく管理するのも自分次第。

でもその代わり
自分がやっていることが
そのまま自分のためになります。
組織や上司のためにはなりません。

こんな気持ちの良いことって
なかなかないもんですね。

会社や組織で、
優秀な上司は
どんなにつまらない仕事でも
「やりがい」という
オブラートにつつんで
社員に渡します。

中には
オブラートの味を
仕事の味と勘違いして
「やりがいある仕事」を
していると思いこむ社員もいます。

でもそうしないと
会社や組織はまわっていきません。
味を勘違いしている人も
会社や組織にはとっても大事な
「歯車」です。

一方、
私のいた組織では
そんな気の利いた上司は
ごく一部でした。

辛くつまらない仕事を
「やれーー業務命令だ!!」
という怒号とともに
職員に投げつけます。

職員は「ふざけんな」と思いながら
仕事をこなしていきます。
そこにはやりがいなんてありません。

でも、
私は今そんな組織に感謝しています。
「やりがいがある」と思いこんでいたら
仕事を辞めたことを少し後悔したことでしょう。
受験勉強が辛ければなおさらです。
でも私は絶対に戻りたいと思いません。

■2003/10/24 (金) 大切なこと

先日、この日記を見てくださる方から
メールをいただきました。

あんまり人の批判はよろしくないとの内容でした。

でもね。
自分が真剣に目指している目標って
自分にとってすっごく
大事なものではないですか?

司法試験を目指して
一生懸命勉強を続けている人は
大勢います。
長年続けている人も大勢います。

それなのに勉強始めたばかりの人が
「1年合格」という言葉を軽々しく使うのは
どうなんでしょう?

たとえその人が
無意識に使っていたとしても
それは正しいことではないと思います。

無意識に使った言葉でも
受け取る人によっては
傷ついたり不快に思ったりすることがあります。
無意識だからこそ逆に
その度合いは高くなったりもします。

自分の言葉がどう受け取られるのか。
無意識に言葉を発する前に
周りへ配慮するというのは
小学生ならまだしも
社会に出れば当たり前に
身につけないといけないことです。

それが出来ない人は
大体自己中心的で、
本人は気づいていませんが
周りからは軽蔑されます。

「1年で合格する」という
目標を掲げることを
否定しているのではありません。

たぶん来年初受験の人で
そう思って勉強している人も大勢いるでしょう。

でも
そういう言葉を口に出すのなら、
真剣に取り組んでから
言葉に出して欲しいです。

人が一生懸命目指している目標を
簡単にクリアするというなら
そのつらさを知ってから
言葉にするべきだということです。

大体そういう大口叩く人に限って
これまでの人生でも
結果が伴っていないような。

そういう人は
今度はどんな言い訳を
自分の中で作り上げるんでしょう?

「やりがいのある」仕事でしょうか?
だったら
「やりがいのある」仕事を続けりゃいいのに。

そうやってごまかし続けるんでしょうね。
これまでも、そしてこれからも作り続ける
抱えきれないほどの言い訳を胸に。

そして
またどこかで出来もしないことを
軽々しく口にするのでしょう。
周りの人を不快にしながら。

言い訳を重ねるのは
最低の人間がすることです。

出来もしないことを軽々しく口にして
自分の言葉に責任を持たないのは
もっと最低な人間がすることです。

「仕事がなければ
1日20時間勉強できる」というなら
土曜日でも日曜日でも
やってみればいいと思いますけど(笑)

■2003/10/23 (木) 学歴

私が出た大学は
「合コンでセンター試験の点数を話題にする」と
よく笑われる大学でした。

実際には大学に入った後そんなことを話題にする人なんて
ほとんどいなかったように感じますが、
ネタとしてはよくできたネタだと思いました。

社会に出ても同じです。
「あいつはOO大学だから優秀だ」とか
「あの子はOO大学だから馬鹿だ」などと
のたまう人は周りからあきれられます。

その人が
「今何が出来るのか」が問われているのであって、
「過去どこの大学を出ているのか」なんて問われません。

学歴にこだわるということは
ある意味悲しいことでもあります。
今、自分がやっていることや置かれている状況に
満足できていないことの裏返しですから。

考えてもみてください。
30過ぎた人に
高校の時の受かりもしなかった大学別模試の
成績を自慢される寒い状況を。

そんな時みなさんはどうリアクションしますか?
たぶんその人が上司だったら
「すごいですねー」と
心の伴わないお世辞を歯から先で言葉にするのでしょう。
「この人かわいそうだな。」という
侮蔑の思いを胸に抱えながら。

そんな人は
こんなことも言うのでしょう。
「俺って大学の時外Ⅰや国Ⅰ目指していたんだ」。
自慢のつもりで。

たぶん10年後には
加えてこんな話題をするんでしょうね。
「俺って司法試験目指していたんだ」と。
いい加減な勉強しかしていないのに。

そして
結果の伴わない過去にすがり、
それを下品にも口にしながら
年を重ねていくのでしょう。
つねに逃げ道を歩みながら。

本当に真剣に取り組んだ人ほど
そういうことはあまり軽々しく
口にしないはずです。

どんなに自分に自信があっても
美意識を忘れない受験生で
ありたいですね。

2003年10月の日記
■2003/10/22 (水) 受験生であること

司法試験の勉強を始める動機って
人それぞれですよね。
5万人の受験生がいれば
5万通りの動機があると思います。

真剣に社会正義とか弱者救済とかって
考えて勉強を始める人もいれば、
出勤前にカフェで基本書読んで
「俺って格好いい?」などという
痛い勘違い系の人もいると思います。

「やりたいことを見つけよう」。
高校時代や大学時代には
うんざりするほど聞かされる言葉です。

でも
仮に「やりたいこと」を見つけたとして
それは未来永劫変わらないものなのでしょうか?

司法試験の勉強をしている自分の姿は
大学の時の自分は考えもしなかったでしょう。
あれだけ嫌っていた法律の勉強を
1日中するなんてとても信じられないでしょう。

人は年月とともにどんどん変わっていきます。
外見だけでなく内面も。
いろんな環境に身を置くことで
自分の中の
ものさしが作られていきます。

そうやって作られた
自分のものさしに合う職業が
ほんとにやりたいことじゃないでしょうか。

社会に出るとわかるのですが、
多くの人は
当初の仕事に対する希望を忘れ、
会社や組織での
吹けば飛んでしまうような薄っぺらい
経験と評価にあぐらをかき、
収入と社会的地位のために
日々働いています。

そして
いくら「自分って組織には欠かせない」と
思って頑張っていても
組織はその人を
それほど必要としていないのが現実です。

たとえその人が欠けても
翌日の朝から組織は
今まで通りに動きます。
残酷なほど淡々と。
そんな場面を何度も見てきました。

よく受験生の時を
「冬の時代」ととらえる人がいます。

確かに専業の受験生であれば
職も収入も社会的地位もありません。

周囲は
それなりの会社に勤めていれば
「立派だね」と言い、
決して受験生であることに
「立派だね」とは言いません。

でもそんな評価なんて
外面だけをとらえた軽薄で無責任なものです。
受かればそれまで酷評していたような人は
180度態度を変えるでしょうし。

「幸せかどうか」というのは
客観的な社会的評価を伴うものでなく
ごく個人的なものです。

社会に出てほんとにわかったのですが、
やりたいことを存分に出来るというのは
最高の贅沢です。

だから合格したときでなく、
やりたいことが見つかった時こそ
「春来る」ではないかなと思います。

■2003/10/21 (火) 答練について思うこと

初めの方に書きましたが、
私は1週間で出来るだけ六法を
まわすようにしてます。

火曜日は「民法の日」。
1週間でもっとも量的にハードな日です。
少し頭が痛いです。

ところで、
後期の答練ってもう始まりましたね。

でもどうして後期の答練って
どこの予備校も足をそろえて
商法から1ヶ月ごとに
科目を変えていくのでしょう?

予備校側としては
「合格者はこれで合格した」って
いうのでしょうね。
その裏には何倍もの不合格者がいるのに。

そもそも商法を10月だけしかやらないのに
「答練をペースメーカーに」はないだろ。

それでいて、
択一後の直前答練では
そろって何事もなかったように
商法から始めます。
発表前コースでは択一の翌日から。

答練をペースメーカーにしていた人は
どうすればいいんでしょう?
半年以上も商法やっていないことになります。

それなのに
択一の翌日から商法。
そりゃないんじゃないのかな?

■2003/10/20 (月) かしこい消費者

司法試験の勉強を始めて思ったこと。

それは情報の幅の狭さです。

私は勉強を始めようかなって思った時、
大学受験の時と同様、
合格体験記を読むことから始めました。

はじめに
エール出版社や法学書院のを読んだのですが、
なんか大学受験の時に読んだ合格体験記と比べて
すっきりいかない違和感みたいなものが残りました。

一つは
「彼氏や彼女がどうした」とか
「サークルがどうした」とか
「仕事がどうした」とか「家庭がどうした」とか
読む人のことを全く考えていない記述が多いということ。
読み手としては方法論を学び取ろうとしているのに、
「彼氏にふられて大変でした」はないでしょう。
そんなのお金だして読みたくありません。興味もありません。
合格者だからって何を書いてもいいってわけなじゃないでしょ。

まあこの点は書いている人の問題だからいいんですが。
HPに書くのと違ってお金もらって書いているんでしょうから
ちゃんとした「商品」を書き上げて欲しいです。

最も気になったのは、
「予備校バンザイ」的な体験記が多いこと。

よく雑誌の後ろの方に
いかがわしい広告って有りますよね。
「これで10キロやせる」とか「異性にもてる」とかっていう
怪しい薬やグッズの広告。
そんな広告の中に必ず載っている体験談みたいな感じです。
「あの薬を使ったらウエストが15センチ細くなって
もうモテモテ(東京都・26歳女性)」みたいな。
そんな感じです。

そんな体験記があふれていたので、少し驚きました。
「予備校のおかげで受かりました」って
みんな顔写真と実名さらして書いて恥ずかしくないのかな。

某予備校の本は
頭から最後まで
「プロヴィのおかげ」
「講師のおかげ」
「答練のおかげ」。

だから私は考えました。

結局まわりに合格者がいないと
予備校のバイアスかかった情報しか手に入らないんだなと。
「情報収集が必要」ってよく言われるけど、
それって予備校の思うがままなんだなと。

そういうの意識して読んでも
どうしてもすり込まれてしまいますから仕方ないんでしょうが、
でも予備校に踊らされないようにしたいなって思っています。

予備校も所詮私企業ですから、
「合格者の90%が当予備校出身」とは書いても
「受講生の90%が不合格」とは書きませんから。

■2003/10/19 (日) 法学部出身であること3

まだ続きます(笑)

私は「1年合格」って
言葉を「気軽に」使うのは嫌いです。

そもそも勉強始めたばかりの人が
こういう言葉を使うということは、
①司法試験がどんな試験かわかっていない
②自分の客観的な力をわかっていない
という2つのことをさらしているようなものだと思います。

そんな言葉を気軽に使う人に限って、
一日2~3時間しか勉強していなかったり、
平気で飲みにいったりしているような。

長い期間
真剣に勉強を続けている人を
馬鹿にするような言葉だと思っています。

そんな人は来年の択一で
初めて現実を知るのでしょうね。
自分の力のなさと試験の厳しさと。

そして
「1年合格」っていう言葉は
「2年合格」、「3年合格」っていう言葉に
「気軽に」変わっていくのでしょう。

ついには
「気軽に」試験からフェードして、
逃げ道ともなる今の仕事と暮らしに戻っていくのでしょう。
「自分は司法試験に挑戦したのだ」という
屈折した、だけどもちょっと優越感に似た感情とともに。

今年の論文を通った初受験組は
わずか38人です。
論文通過1201人のうち占める割合は
たったの3点2パーセントです。
それも丙案があるのに。

カフェでちょろっと基本書読んで、
「絶対来年合格する」って言う人は
この数字知っているんでしょうか。

どれだけ他の受験生が
精神をすり減らして
懸命に勉強しているのか。
もっと敬意を払うべきだと思います。

なんだか
「精神論最強の法則」みたいになってきましたね。

あすからは話題を変えます。

■2003/10/18 (土) 法学部出身であること2

司法試験の勉強を始めて、
初めて答案の書き方を知りました。

学生時代、
私が勉強するのは
学部試験がある2月だけでした。

1月ぐらいから
シケプリのコピーを集め、
ほぼ前日1日で読んでいました。

「論点」なる概念も全く知らなかったため、
ただなんとなく書きにくい縦書きの答案を書いた覚えがあります。

刑法Ⅱ部(各論)などでは
「なんだ条文に全部書いてあるじゃん」などと考え、
たとえば殺人の「人」の解釈や
横領と背任の違いなどは全く知らなかったのです。
ま、結局単位とらなかったんだけど。

今考えるとほんとに恐ろしいことですが、
これでも卒業できました。

知らないってほんとにすごいことですね。

だから
勉強を始める前、司法試験に臨むにあたっては
しっかりと戦略を立てました。

決断したのは
去年の暮れなんですが、
①特異な人を除いては勉強開始から最低2年はかかること
②ロースクールが出来るため、試験自体が続くかわからないこと
③仕事をしながらでは1日の勉強量が少なくなり、
 それなりに合格まで時間がかかること
の3点から
1日中勉強できる環境を作りました。

司法試験は会社の入社試験とは違って
別に社会人であるとか、理系であるとか、学歴とか、
そんなことは全く斟酌されませんよね。
単純に学力のみを見られていると思います。
(口述は違う面もあるんでしょうが、
別に職務経験聞かれたりしないですよね)

つまりその人の置かれた環境や年齢、性別など
一切考慮されずに、
ただ学力だけを見られるのです。
(丙案もなくなったことですし)

「仕事が忙しいから勉強できない」とか
「上司に誘われたから勉強できない」などという言い訳は
一切通用しないはずです。

よく勉強始めたばかりの人が
「来年絶対合格する」とかいって、
仕事の合間にたらたら基本書読んだりしていますが、
それで合格なんてあり得ないでしょ。

いくら自分に自信があっても(勘違いとも言う)、
他の受験生をバカにしすぎです。
合格したいと思うことは必要条件であって
十分条件ではないはずです。

司法試験は結果を出さないとしょうがないので。
出勤前や昼休みにちょこっと勉強して
「司法試験来年絶対受かるから」って
自己満足してるようではだめでしょ。

受けるだけなら誰でもできます。

■2003/10/17 (金) 法学部出身であること

大学の頃、
周りで司法試験を受ける人が結構いました。
受かって行く人もいましたし、
路線を変えて就職した人もいました。

よく司法試験で法学部出身は有利かという話がありますよね。
現役の学生ならまだしも
卒業から数年経つと最初の頃に書いたように
知識はほとんどなくなってしまいます。
ていうか私は試験の前日しか勉強しなかったので
特殊かもしれませんが。
だから私は「法学部出身だから有利」なんて
ミジンコも思っていません。

でも、一つだけ有利かなって思うことがあります。
それは試験に挑んだ人を知っているということです。

私が大学4年の時の試験は平成7年。
ご存じのように択一が急激に難しくなり、
現在の形に近くなった年です。
(その年に受かったというLEC柴田講師の講座を聴くというも
なんだか複雑ですが)。

毎日朝から閉館まで大学の図書館で
勉強していた友人や先輩が択一で落ちました。

私は
司法試験は全く考えていませんでしたが、
それでも友人や先輩の悔しそうな顔はまだ覚えています。

それだけ大変な試験だとわかっているから
私は心して体制を整えて試験勉強を始めました。

出勤前にカフェで2~3時間基本書読んでれば
1年で受かるような
甘っちょろい試験ではないことは
十分わかっているからです。
「絶対合格するぞ!」なんていう気持ちだけでは、
絶対合格できないことを知っているのです。

試験をなめずに、
でも勢いをつけて。
初受験組は大変ですね。

■2003/10/16 (木) 無駄?

話題が司法試験からずれていくような感じなので軌道修正。

みなさんは択一の過去問ってどこの使っていますか?

よく勧められるのが辰巳のですよね。
でも、本屋で見たのですが、解説うざすぎ。
そもそもなんだか基本的な事項って択一の問題集で
改めて読まなきゃいけない必要ってないでしょ。
今はLECの完択や成川式六法などもあるし。

それを基本書の参照ページなどもうだうだ書きながら
長ったらしい解説をこの時期に読むのってどうなんでしょう。
知っていることを改めて読むのは時間の無駄だし。
だったらさらに問題解いた方がいいかなって。

今使っているのは安く仕入れたWセミナーのなんだけど、
これも解説ちょっとうざめ。
中でも「OO教授は、「・・・」と述べておられる。」って
なんで問題集の解説で敬語使うのって感じ。
こういうところに権威主義を感じるんですが。
どうにかならないか。

職場にも多かったです。米つきバッタ。
上司にはへこへこして、自分より年齢が下の人には横柄な態度。
そういう薄っぺらさってすぐにわかるんですよね。

あ、また話題がずれました。

■2003/10/15 (水) 勉強する場所

みなさんはどこで勉強していますか?

私は自宅の部屋でやることが多いんですが、
駅が近いため電車の音や選挙カーの音、
夜になると奇声が聞こえたりします。

そんな環境なので、
大学受験の時から勉強中は音楽を聴いています。
受験生の頃はよくJ-WAVEをかけていたのですが、
なんだか最近のJ-WAVEは
しゃべりがうるさく、
リスナーが電話で参加したり、
曲の途中で切ったり、
リポーターが出てきたりと
まるでAMラジオみたい。
大学の頃までは結構いい感じだったのに
残念です。

だからR&BなどのCDをかけています。
音楽をかけて勉強するとよくないとよく言われますが、
そんな人に限って「努力」や「精神力」、ついには「心頭滅却」などと
言い出す人ばかりで結果を残せていない人が多い感じがしました。
結局は自分が一番快適な環境で勉強するのが一番なわけで、
ストレスをためながら勉強しても楽しくありません。

受験生の時だって立派な人生のすてきなひとときなわけで、
受験生だからって全て我慢我慢である必要ないと思うんですけどね。

■2003/10/14 (火) 3連休終了

きのうまでの3連休みなさんはいかがお過ごしでしたか。
私は3日間とも朝から晩までみっちり勉強しました。

私は職業柄暦通りの休みがなかったため、
世の中が3連休とか騒ぐのがすっごく嫌いでした。
そんな休みの日に限って朝早くからの仕事が入ったりして。

だから受験生となっても淡々と進めています。

金曜日は論文の合格発表でしたね。
初回受験生はよっぽどの勢いをつけて受験に望まないとだめなようで。
来年7月まで悔いのないように、
自分に甘えないように、
頑張ろうと思いました。

2003年10月の日記
■2003/10/10 (金) 繰り返すこと

私はこつこつやるのが苦手です。
だから入門講座も普通に1年間受けるなんてとてもとても。
LECのスピマスも1年間で全部受けられるっていうのが売りだけど、
私には長すぎます。

何事もそうだけど、全体を素早く見渡して、
何度も繰り返す方がいいんじゃないかなって。
だから私は通信のテープを使い半年で入門、択基礎、論基礎の
全体を見渡しました。
酷使しすぎたのかソニーのウォークマンは2台壊れました。

そんな考えで始めたので、
入門講座は知識的に盛りだくさんの柴田講師の講座を選びました。
評判通りかなり粗いですが、
2回目に聞いたときにその良さが実感できました。
「あ、論文の講義でわからなかったのはこのことだな」とか。
1回では言っていることの重要さがわからない部分も多いので、
こつこつ型ではたぶん消化不良をおこしていたと思います。

私のような来年が初受験組にとってはこれからがロングスパートをかける
大事な時期ですね。
1日1日大切に勉強続けようと思っています。

■2003/10/10 (金) リスクを背負うということ

ちょっと一言。

始めに書いたように私は7年間勤めた組織を辞めて受験勉強を始めました。

もちろん組織にいながら勉強をするという選択肢も私にはありました。
不況の世の中であることや失敗した場合のリスクヘッジなどを考えるとそうした方がよいのでしょう。

だけど、私は両立することを潔しとしませんでした。

たしかに会社に在籍しながら勉強をすれば収入はあるでしょうし、万一試験に落ち続けた場合に撤退も容易でしょう。

だけど、そんな中途半端な状態で仕事と勉強していて楽しいのかなと。
当然勉強をすることにより物理的、精神的に仕事に影響が出るでしょう。
仕事に対するエネルギーが分散したことについて、
自分の中では「私は司法試験受けるんだから仕方ないや」と
いいわけでもできるでしょう。
だけど、そんな状態では受験が失敗したらこういう言い訳をするでしょう。
「私は仕事をしながらなんだから仕方ないや」と。
そして受験勉強と「両立」させたはずの中途半端な仕事により受けた評価を
一生背負って生きていくのでしょう。
「あのとき受験勉強に集中すれば良かった」という苦い思いとともに。

私はどちらも中途半端になることが絶対イヤでした。
何かを得ようとすれば、当然何かを失うことが必要だと思うんです。
それは人生の中で、恋愛や仕事でも常に逃げることができないものです。
仕事を辞めるか否かと言うことは、それを中途半端に失うか否かということなんだなと考えました。

だから私は仕事を失う道を選びました。
たとえ続けたとしても、勉強することで、法曹の道への志を持つことで、
失われてしまう仕事への情熱はもう戻らないなと確信したのです。
自分に言い訳を抱えて貴重な人生のひとときを過ごすのは、
情熱を失った仕事に対して惰性と忍耐で収入だけのためにしがみつくのと
同じぐらい納得のいかないことですから。

だから、絶対負けるわけにはいかないと思いが
毎日の勉強を支えてくれています。

■2003/10/09 (木) 1週間の勉強

そんな感じで毎日勉強しているんですが、
1週間で1科目だけ集中して勉強をするということは
しないようにしています。

だってやらないとわすれちゃいますもん。
論証やテキストは極力1科目1日で読み切るようにしています。
だから後期の答練のように1ヶ月商法だけ、みたいなのは嫌いです。
本試験は択一が1日で3科目。2日で6科目ですよね。
なんで商法だけ1ヶ月勉強する必要があるのでしょう?
だから後期の答練なんて一切受けません。
答練は直前だけでいいかなと。

答練は必要だっていう意見は多いのですが、
予備校のスケジューリングが嫌いなのでしょうがないかなと。

そんな感じで毎週しっかり勉強しています。

きょうは朝日が気持ちよいですね。

■2003/10/08 (水) 1日の勉強

そんな感じで勉強初めて8ヶ月。
各法律とも基本事項と主要論点、主要問題は頭に入ってきました。
ほんとにずぶの素人から始めたので、
よくここまで来たなと少し感心しています。

きのう書いたように私は基本的に講座をテープやDVDで勉強しています。
これまでは1日3講座で、今は1講座やっています。

入門は2回目に聞いたときにすっごくいい復習になりました。
1回目は言葉も含めてわからないことだらけなので、一通りやった後だと、
ひっかかっていた点が氷解していくようなそんな感じです。

これまでは1日9時間は講義でつぶれるので、後の時間でざっと復習したり、論証覚えたりしていました。
今は択一過去問を1日に40~60解いていますが
8割から9割程度で全問正解には至らずまだまだかなと言った感じです。

■2003/10/07 (火) これまでやったこと

そんなわけで勉強始めたのですが、
これまでにやったことをざっと書いておきますね。
いずれも通信です。

2月~3月  入門講座(LEC 柴田)
4月     択基礎 (LEC 柴田)
5月~7月  論基礎(LEC 柴田)
8月~9月  入門講座2回目・論基礎2回目
10月~   伊藤塾択一M

こんな感じで、後の時間は論証覚えたり、
択一の過去問解いて、択一用の知識覚えたりしています。

まあ法学部出身なんですが、授業にほとんど出ていなかったので、
知識ゼロからの状態でやっています。
あ、ちなみに政治コースで、刑法各論、商法、民訴、刑訴は単位すらとっていません。
大学時代は民法Ⅱ部(物権)とⅢ部(債権)の違いすらわかっていませんでしたから。
4年で卒業できたのが不思議です。

■2003/10/07 (火) はじめちゃいました。

みなさんはじめまして。

今年の春に7年間勤めた組織を辞め、司法試験の勉強を始めました。
来年まで続けますので、たまーに訪れてください。

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